西之表市
西之表市(にしのおもてし)
西之表市は、鹿児島県の南部、大隅諸島の種子島北部にある市。 かつて、日本最南端の士族である種子島家の城下町として栄えた。現在は熊毛支庁や国の出先機関が置かれ、種子島および熊毛地区の政治・経済の中心を担ってる。 南北の長さは25.2キロメートル、東西の幅は8.2キロメートルで、周囲は63 キロメートル、東・西・北は海に面し、南は中種子町と接している。 面積は205.66平方キロメートルで、種子島の総面積の約45%を占めている。
土地・気象
西之表市の地質は、種子島全域に広がる新生代古第三紀熊毛層群に属し、随所に洪積台地が発達している。また、ほとんど砂岩からなっているが、場所によっては礫岩、頁岩、火成岩がみられ、東部の丘陵地は亜炭層を包含している。土質は淡褐色の粘土と黒ボクが主となっている。海岸は磯の発達が見られ、ところによっては小規模な海岸砂丘も存在する。 明治18年(1885)9月、種子島の南東沖で難破したアメリカ商船カシミア号の乗組員のうち5名が伊関の海岸に漂着しました。
位置
位置
面積
総面積 205.66㎢(うち馬毛島 8.17㎢)
地目別土地
- 田 6.20㎢
- 畑 29.98㎢
- 宅地 4.40㎢
- 山林 68.51㎢
- 原野 21.96㎢
- 雑種地 1.98㎢
- 道路その他 72.63㎢
主な山
- 廻り峯山 270.0m
- 上清戸蔵 264.0m
- 天女ヶ倉 237.9m
気象
西之表市の年平均気温は摂氏19.5度で、すこぶる温暖です。5月から10月までは月平均気温が20度を超え、夏の期間が長いです。真夏の日照は強いですが、常に快い海風が吹いていますので日中の暑さは九州本土と変わらないくらいで、むしろ涼しいくらいです。一方冬の気温は10度から14度であり、日の最低でも0度を下回ることはほとんどありません。年間降水量は2、000ミリメートル前後で3月から9月の期間が比較的に多雨です。梅雨は5月末頃に入り7月初めごろ明けます。台風は、年に4~5回7月から10月にかけて来襲します。また、冬期には季節風により北西の風が強くなります。
交通
種子島~鹿児島間の高速船は一日5往復。フェリー、飛行機は1日3往復運航しています。島内には鉄道はなく、港や空港をつなぐ路線バスが1日数本運行しています。公共交通は運行していますが、自家用車が必需品です。
通信
光ケーブルが敷設されていて、西之表市では、光ファイバーによる超高速ブロードバンドサービスを利用出来ます。携帯電話は、NTTドコモ・au・ソフトバンクはほぼ全域で、利用可能です。格安スマホも使用でき、日々拡充を続けています。
歴史
種子島は7世紀に飛鳥朝廷の影響下に入り、多禰国司(島司)が設置(702-824)された。中世には島津荘の一部に組み込まれ、14世紀に種子島家が島主となる。その後、島津家に属した。16世紀末、第16代島主・種子島久時は朝鮮入り遅延を理由に知覧4,500石に所替えとなったが、江戸時代を通じて種子島は依然として種子島家の私領地であった。太平洋戦争末期には米軍上陸の可能性が濃くなり、1944年(昭和19年)に特設警備大隊が駐屯、1945年(昭和20年)には種子島独立混成部隊(12,000人)に膨れ上がり、米軍機の空襲も受けた。
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 : 町村制施行に伴い、熊毛郡北種子村が発足。
- 1926年(大正15年)4月1日 : 改称・町制施行し西之表町となる。
- 1958年(昭和33年)10月1日 : 市制施行し、西之表市となる。当時の推計人口は33,546人。
- 1959年(昭和34年) : この年以降、人口が減少に転じる(同年10月1日時点の推計人口は33,593人)。
主な出来事
鉄砲伝来
- 鉄砲伝来とは、16世紀にヨーロッパから東アジアへ火縄銃が伝わったこと、狭義には日本の種子島に伝来した事件を指す。現物の火縄銃のほか、製造技術や射撃法なども伝わった。年代については諸説ある。